YouTubeで動画を漁っていると「気になって夜しか眠れない」という類のボケを別々の動画で立て続けに聞かされた。

寝れてるやんけ!のツッコミ待ちのやつ。似たタイプのボケに「1日3食しかご飯が喉を通らない」というのもある。

ぼくは定型がとにかく嫌いで、本当に苦手で、その嫌悪反応はアレルギーといっても差し支えなく、たとえ目の前でダチョウ倶楽部のノリが始まっても完全に無視することに決めている。

代案を開陳できるほど素直で面白い人間ではないので、それゆえこの文章もただ嫌いだという表明以上のものにはならないが、書き始めてしまったので書く。

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ダチョウ倶楽部のノリが苦手だという人間を他に見たことがない。定型化されたギャグに恨みを持つ人の話を聞いたこともない。

なぜ苦手なのだろうと少し頭をひねってみると、ぼやぼやと仮説がいくつか浮かんでくる。そのうちの一つをなんとか掴みとる。

ぼく、というか、ある種の関西人にとって、お笑いというものは神聖なものなんです。雑に消費していいものじゃないんです。

ともに学生時代を過ごした、とある男の言葉を借りましょう。「俺みたいな地味な人間でも、おもろいこと言って周りを沸かせられたら認められてる感じがすんねんな」。

この言葉には激しく共感した。同じ感覚を持って生きてきた人間が他にもいるんだと嬉しく思った。そういえば霜降り明星のせいやも笑いでイジメを跳ね除けた武勇伝を話していた。

地味でも、スポーツができなくても、勉強がからきしでも、人間関係がうまくいかなくとも、笑いという手段でなら周囲に自分の存在を認めさせられる、そういう類の人間は存在する。

ぼくが小学校生活で一番嬉しかったことは、匿名の異性から「地味におもろい」という評価を受けたことだ。今でも誇りに思っている。

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悲しいかな、熱量と真剣さは必ずしも結果をもたらさず、先のダチョウ倶楽部のノリ例にしても「いやいや俺がやるよ」とだけ言えば収まるものを「ほんま無理なんで、ごめんなさい、ぼく抜きでお願いします」と余計な自己主張をはじめる人間がお笑い向きであろうはずもない。

笑いというものは他人を屈服させるための武器だと思っている。テレビで芸人がやってるノリを私たちもやろうよ、なんてのはコミュニケーションではあるかもしれないが、それは暴力ではない。

ぼくはコミュニケーションがよくわからない。でも暴力の効能はわかる。

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支離滅裂なうえに怖い話になってしまった。

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上から目線で偉そうだったので自分も舞台に立って終わります。これだけ嫌なことを書くと空気はヒエヒエだ。

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気になって眠れないよ
(逆張りでボケないパターン)

気になって眠れないから病院に通いはじめたよ
(リアリティ重視パターン)

気になって眠れないから気絶するまでメシ食ってるんだよね
(ドカ食い気絶部パターン)

気になって90分単位でしか寝られないんだよね
(睡眠サイクル意識パターン)

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朝になったら恥ずかしくて消すタイプの投稿だ。