あなたは「羊羹(ようかん)友達」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。

また、その意味をご存知だろうか。

Yahoo!知恵袋ではこう説明されている。

近頃の漫画はしょうもない造語を使っていますね。
「羊羹友達」などと云う言葉は日本語に ありませんから、いくら検索しても出てきませんよ。
しいて云えば、甘いべたべたした仲の友達 ですか、
あえて云うなら「ジャム友達」とでも云った方がもっと意味が判ったかも知れませんね。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1313157413

回答者の言う通り「羊羹友達」は辞書に載っていない造語で漫画『課長 島耕作』において、とあるホステスが使用したのが初出である。

ちゃんと漫画を読めばしょうもない造語なんてものでないことが分かるのだが、島耕作のシの字も知らない日本語ハカセによるご回答が「羊羹友達 意味」で検索をかけると一番上にヒットしてしまう。

これは由々しき事態だ。

シマコー愛に溢れる我らで「羊羹友達」の意味するところをいま問い直そうじゃないか

結論から言えば「羊羹友達」は「茶飲み友達」で代替し得るものだと思う。しかし、とある事情からお茶請けの「羊羹」としなければならなかったのだ。絶対に。そこに島耕作という作品群の味わい深さと気高さがある。

●大泉社長とホステス典子○

課長 島耕作』は、大企業勤めのサラリーマンである島耕作がその圧倒的な精力と運だけを頼りに出世していく痛快ビジネス漫画である。

1983年から連載が続いており、部長、取締役とどんどこ出世していった彼の現在の肩書きは相談役となっている。主人公である島耕作の話は置いといて、彼の課長時代に「大泉裕介」なる男が登場する。

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弘兼憲史 (2003)『課長 島耕作』新装版2巻,講談社,290

舞台となる企業の創業者の娘婿であり、華々しい経歴と実力を兼ね備え、のちに社長にまで上り詰める。この大泉は「馬島典子」という銀座のホステスを愛人として囲っている。

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弘兼憲史 (2003)『課長 島耕作』新装版2巻,講談社,22

典子は大泉を「パトロン」と表現するが大泉はだいぶと入れ込んでおり、部下にその動向を監視させるほどである。

とは言え典子の方もドライ一辺倒というわけでもなく、大泉を失脚させるために近づいてきたスパイを返り討ちにするなど、単なる金づる男以上の想いを抱いているようだ。

金と肉体のギブアンドテイクが前提の関係ではあるが、特別な信頼関係で結ばれているとしていいだろう。

●脳出血で倒れる大泉○

ある日のこと。

典子のマンションに於ける二人の情事のさなか、大泉は脳出血で倒れてしまう
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弘兼憲史 (2004)『課長 島耕作』新装版6巻,講談社,430

すぐに病院に運ばれ一命は取り留めたものの、右半身付随の体となった大泉。すっかり自信を無くした彼は社長の座を退くことを決め、人生は終わったのだとまで漏らす。

そこに典子見舞いにやってくる…。

●「羊羹友達でもいいからずっと私の側にいて!」○

俺には何の価値もないとばかりに弱音を吐く大泉を典子は茶化しながらも励まし続ける。

金なら必要なだけ出すという大泉に、お金なんていらないわという典子。

大泉は半身不随の影響で「男の機能」まで失ったことも打ち明ける。

大企業の社長と銀座のホステス。

金、権力、肉体関係。

ふたりを繋ぐ全てが失われたのだ。

懸命な励ましを素直に受け止め切れず大泉は押し黙る。すると典子は黙って立ち上がる。
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弘兼憲史 (2004)『課長 島耕作』新装版6巻,講談社,470

おもむろにショーツをずらした典子は大泉の手を取り自身の股間のもとへと誘う。


「がんばって!私に触れるのよ!」

微かに、しかし確かに動いた指!

二人はどちらからともなく涙を流す。

希望の光が差した。

典子は言う。

「羊羹友達でもいいからずっと私の側にいて!」

●で、羊羹友達とはなんぞや○

はじめに書いた通り「羊羹友達」は「お茶飲み友達」で代替し得るものである。

お茶を飲み共に過ごすだけで幸福になれる関係。

「でもいい」

ふたりのもとの仲からすれば妥協点なのかもしれませんが、それでも一緒にいたいと

金とカラダ、男と女、そういう利害を超えたプラトニックな関係

甘いベタベタした仲の友達」なんて陳腐な表現では形容しようのない高次元のあり様

肩書きも身体機能も失なったが、愛だけは残ったのだ。真実の愛だけは。なにせこの話のタイトルは「TRUE LOVE」である。


…整理ができたところで大事な話をしよう。

なぜ「お茶飲み友達」でも「ジャム友達」でもなく「羊羹友達」でなければならないのか。

ようかんを頭に思い浮かべて欲しい。

思い浮かびましたか。

それは赤みを帯びた茶色をしていて柔らかいでしょう。

もうお気づきだろうか。

そう、羊羹とは、

不能になった大泉のブツのことだったのだ。

こう定義しましょう。

【羊羹友達】
不能でブツが羊羹みたいになり行為ができなくとも、一緒に過ごすことそのものに価値を感じ、気楽に寄り添うことのできる男女の関係。

さて、これのどこがしょうもない造語なのでしょうか。

さすが、弘兼先生は人間を心得てらっしゃる。

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